2026年4月24日金曜日

株取引、闇の時代

初めての株取引。銘柄選びは混乱を呈した。

■ 株取引の開始

職場では「主任」の役職が付くことを狙っていた。 主任が付けば昇格試験も有利になる──そんな噂があったからだ。 

 私は仕事では優秀だと言われ、成果も出していた。 後輩からは「うさみん主任はまだですかー?」と冗談を言われるほどだった。 しかし評価はゼロ考課ばかりで、主任は付かない。 評価フィードバックで課長と話したとき、ふと感じるものがあった。
「この課長は、自分を上に上げるつもりがない。」
その瞬間、会社に未来を託す気持ちが薄れた。 
投資を始めたのは、ある意味当然の流れだったのかもしれない。

■ まずは環境づくり

投資信託は持つだけ。 持株会は給与天引きで自動。
しかし個別株は違う。買って売る、能動的な操作が必要になる。 

 当時、ネットで株取引をするには 

・自宅PC+モデム 
・携帯電話のi-mode 

 このどちらかしかなかった。前者は自宅でしかできない、後者はコストが高い。 

 ちょうどその頃、愛用していたHP-200LXが壊れ、買い替えを迫られていた。 そこで目に入ったのが シャープザウルス SL-C860 と PHSカードのセット。 PHSは月2000円程度で使い放題。 i-modeと違いフルブラウザで、家と同じ感覚で株価ボードが見られた。 

 私は迷わず飛びついた。 

 朝、会社に行き、食堂で朝食を食べながらザウルスで株取引をする。 9時半まで取引してから仕事を始める──そんな生活が日課になった。

カブドットコムの株式ボードで、銘柄をクリックすると板もチャートも表示された。
 Eトレード証券に切り替えて取引した。
出先でおこなう環境としてはi-modeと違いPCと同じ画面で操作でき先進的だった。

■ 初めての銘柄は「2ちゃんねる発」

ネット証券の口座を開いたものの、何を買えばいいかわからない。 当時は情報が少なく、頼れるのは2ちゃんねるのスレッドくらいだった。 

東海アルミ(東洋アルミニウムに買収)が上がるらしい」 

これが私の初めて買った銘柄だった。 もちろん損をした。 
損切りという概念も曖昧で、感覚だけで売買していた。 それでも、儲かったり損したりする感覚が面白くて、どんどんのめり込んでいった。

■ 今思えば「めちゃくちゃ」だった銘柄選び

銘柄選びは完全に迷走していた。   

●フルーツシリーズ

ストロベリーコーポレーション(フリップ型携帯電話のヒンジを作ってた会社)
アップルインターナショナル (中古車販売会社)

 「フルーツシリーズだ」と言って同時に買ったり。

●趣味の漫画・アニメ・PCから

漫画・アニメ好きだから

まんだらけ (オタクグッズの中古販売)
バンダイビジュアル (バンダイ系アニメのDVD製作・販売)

 ノートPCにハマってたことから

ワコム (PC用タッチデバイスやデジタイザなどの製造・販売)

 などを売買した。

●転職活動をきっかけに

転職活動をしたときに知った 

インテリジェンス(現パーソルキャリア、エンジニア転職に定評のあったDodaを運営)

  ワコムとともにインテリジェンスは1株単位の値がさ株(100万円程度)で1tickで1万円動くので、損益がわかりやすくて手っ取り早くお小遣いを稼げる感覚があった。
 

●TV CMから

儲かるのは利益を上げている会社だろう、と考えて

武富士(消費者金融、上場廃止) 

 も買った。レオタードを着た女性ダンサーのテレビCMが印象的だった。

●IPOで大儲け

証券口座のページを見てるとIPO(新規公開株式)に目が止まった。上場前に申し込んでおき、抽選に当たると公開価格で購入できる。上場日に初値が付くと、公開価格の数倍になることも珍しくなかった。初値が公開価格を割り込むこともあったが、確率的には儲かる可能性の方が高い。
これは固い!そう思っていろんなネット証券に口座を作って片っ端から申し込んでいった。なかなか当たらないし当たっても数万円程度の利益ばかりだった。そんな折、マネックス証券比較COM(現 手間いらず)が1株当たった。

https://ipokabu.net/ipo/2477

45万円が270万円になったのだ。この時期に掴んだ珍しく大きな利益だった。
 

●監理銘柄での1円抜きを目論む

2003年、旧100円札を名古屋のテレビ塔でばらまく事件があった。彼は監理銘柄に指定された足利銀行を1円、5円で買い15円で売って大儲けしたらしい。
「そんな儲け方があるのか」と衝撃を受けた。 

そこで2ちゃんねるで話題になっていた 

サンライズテクノロジー(現上場廃止)


 を1円で1万株買い、2円売りでずっと指していた。 結局売れず、上場廃止。 損失は1万円で済んだが、今思えば完全にギャンブルだった。
   

●生活から(優待銘柄との出会い)

当時住んでいた滋賀の田舎町にはチェーン店が少なかったが、 

・吉野家(牛丼チェーン)
マクドナルド(ハンバーガーチェーン)

があった。 この2つの株は買ってからずっと持ち続け、売り買いしなかった。 これが私の 最初の優待銘柄 だった。

 

●話題になってた不動産銘柄(高配当株との出会い)

埼玉出身ということもあり、埼玉のマンションデベロッパー 

・リベレステ(現シーラHD、マンションデベロッパ)

 をよく売買していた。 配当利回りが4%ほどと高く、持つようになった。 8月に配当金領収証が届き、郵便局で換金して1ヶ月分の生活費にしていた。 これが私の 高配当株投資の原点 だった。 

 不動産株は儲かるという印象ができ、 2ちゃんねるで話題だった「フージャース友の会」に影響されて 

フージャースコープレーション(現フージャースホールディングス、マンションデベロッパー)

を買って持ち続けた。 しかし株価はなかなか上がらなかった。

■ 業績チェックをしなかったための損失

株取引では売買以外の罠にも引っかかった。

 ・バンダイビジュアルー株価が下がってる時にTOB
 ・インテリジェンスー創業者が親の会社を引き継いだUSENと株式交換
 ・武富士ー過払い金問題で破綻

 どれも「業績チェックを怠っていなければ避けられた可能性がある」出来事だった。

■ リーマン・ショック、株取引の終焉

感覚的にはトントン。 しかし実際はおそらくマイナスだったと思う。 

会社では昇格試験に落ち続け、職級は頭打ち。 基本給は上がらず、積立定期の上乗せもなくなった。 

そんな中、いくつもの株を持ったまま 2008年9月、リーマン・ショックが始まった。 株価は大きく下げ、日を追っても戻らない。 売るべきか、買うべきか、判断がつかない。 

 仕事も忙しく、「株なんて見てられねー」とザウルスを閉じた。 
 こうして、私の8年に及ぶ株式取引は終焉を迎えた。

  投稿日:2026年4月24日(金)

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